【心のしくみ】自分に優しく向き合い否定しない
こんにちは、今日も暑い中おかべに足を運んでくださる方がいることに感謝しながら書いています。コロナ前のような忙しさにはまだ戻っていないけれど、人の温かさを感じる毎日で幸せを感じています。
生きづらさを感じ、子育てやパートナーの粗ばかり目についてしまう時があるとき、自分とこれでもかというぐらい向き合っています。夏休みに引きこもっていたり、だらしがない息子たちにイライラしたり、受験生なのに勉強も学校説明会も全くしない息子が心配だったりイラついたり、私を助けてくれないんだとパートナーのことを恨めしく思ってしまったりする自分はどこからくるのか?
そんな自分さえも絶対に責めない。果てしなくどろどろした激しい自分をも受け入れる。痛くてつらいけれども向き合い絶対に否定しない。「誰も助けてくれないと感じて辛いんだよね」「放っておかれているようで大切にされてないと思って辛いんだよね」とひたすら自分に寄り添いわかってあげる。ほかの誰でもないただ一人の自分の絶対的な味方になると決心したから死ぬまで自分を癒し続ける。そう決めてどんな汚い自分だって責めないことを続けています。
そうすると不思議です。ぽこっと音を立てるかのように昔の記憶がよみがえってきます。あれは五歳ぐらいだったのでしょうか?夜遅くまで頑張ってお皿を洗っていた私。子供の私にとってはかなり遅い時間まで必死に必死に洗っていたんです。母が寝ている間に。だってママの役に立ちたいから。褒めてほしいから。どんだけママが好きなんだよと突っ込んでしまいます。
次の日、ママはもう褒めてくれなかった。前は洗ったら褒めてくれたのに。もうその日からお皿を洗うのをやめてしまった私。多分、この日から「やっても報われない」と言う思い込みが始まったのかもしれません。頑張っても頑張っても報われない虚無感。それでもあきらめ切れなくて、異常なほどに家の外でいろんなことに頑張ってきました。家事とか片づけという一番大切なことに目をそらしていました。
本当は頑張りたくなんてなかったのかもしれません。ただちょっとでも褒めてほしかった。もっと母親と仲良くしたかった。でも母に近づくといじめられてしまうし、怒鳴ってくるから近寄れなかった。そんな寂しい自分にこの文章を書いていて改めて気が付きます。
以前書いた、金メッキと呼ばれた私にこのことがつながります。歯を食いしばって頑張っていた800メートル。必死で頑張った時期がもちろんあったのです。でも引退試合前の練習、頑張れなかった。もう苦しくて励ましてもらえる人も周囲にいなくて、練習も辛くてもう辞めたかった。その結果ベストタイムからかなり遅い結果で最後の試合を終えることになってしまった。その時、顧問に「金メッキ」と言われて、顔が真っ青になった自分がいました。
頑張っても認めてもらえない。どんなにやっても結局は「金メッキ」という評価しかもらえない。この思い込みは私の人生に暗い影を落としていきました。深刻に歯を食いしばってがんばる。だけど報われないというパターンにはまってしまいます。ずっとその思い込みによって苦しんできました。今も時々苦しくなります。
どんなに頑張っても報われない。褒めてもらえない。そんなのはうそなのです。自分に何度も寄り添ってあげて、優しくする。やりたいことを自分にやらせてあげる。自分の好きな空間に自分をいさせてあげる。そうすることを続けていると、やっと思い込みに気が付く。そんなことをやり続けて数年経ち、以前よりも段々と生きやすくなりました。
自分の気持ちややりたいことを常に問いかけてあげてくださいね。ほかでもないずっと付き合っていく自分に優しく励ましを与えてくださいね。そうすることで生きずづらさがどんどん楽になりますよ。